黒光りするヤツが

ここ数日、やや憂鬱な気分にさいなまされていた。

 

なぜなら、久しぶりにヤツを見かけてしまったから。

黒光りするアイツを。

 

それは先週の日曜だった。

夜 部屋で一人酒を呑んでいた。

そろそろ寝ようかと思ったその時、視界の端の足元を黒い何かが通り過ぎて行った。

 

まさかと思うまでもなく、頭はヤツだ と反応していた。

いたのか!ここにはいないと思っていたのに!!

 

ほろ酔いも吹っ飛んだ。

俺はヤツが大嫌いだ。

本箱の隅に消えた。

俺はいかにヤツであっても無駄な殺生はしないと決めている。

というか、それはそれで嫌なのだ。

 

台所に行き、捕獲用のアクリルコップを取ってくる。

ヤツが消えた辺りを窺うが、あざ笑うかのようにとっくに見事に消えていた。

 

その日は諦めて布団に入った。

しかし、妄想が止まらない。

この布団に侵入してはいないだろうか。

足元がむずかゆくなる。

ウトウトしかけては目覚め、またユルユルと眠りに落ちかけては目覚め、朝が来た。

 

帰宅しても何となく部屋を見回す。

白い壁にヤツがいないだろうか。

ヤツは気配を消していた。

自分から外に出ていくことはまず無いだろう。

どこかに潜んでいるはず。

しかし、視界には現れない。

そんな日が3日ほど続いた。

 

そして昨晩、ヤツはついに姿を現した。

また視界の端で白い壁紙を黒いヤツがサッと横ぎり姿を消した。

時計の針は深夜12時を過ぎている。

やっぱり潜んでいたのか。

体に電流が走る。

酒を呑んで寝ようとしていたところだ。

しかし、これ以上いたずらに悩める時間を引き延ばすつもりはサラサラない。

よし、勝負の時だ。今宵、シロクロをはっきりつけようじゃないか。

俺はお前を生け捕りにする。

 

俺も酒を呑みながら気配を消す。微動だにしない。

すると、白壁にやつがその姿を現した。

デカイ。辺りを窺いながら慎重にヒョッコリと顔を覗かせた。

おれもそっと捕獲用コップに手を伸ばす。

ヤツはふいに動きを止めた。何かを察したか。

次の瞬間、一気に走った。

速い!すさまじいスピードだ!

 

一気にカーテンレールの端まで走り抜けると、カーテンの陰に身を潜めた。

俺もコップを片手に間合いを詰める。

いざ、勝負の時。

お前の前髪がカーテンからはみだしているよ。

観念するんだな。

 

コップをサッと振るった。

しかしヤツの前髪と思ったのはカーテンのほつれだった。

カーテンをはらう。既にヤツは消えていた。

下の荷物を急いで取り除く。

しかし、とうの昔にヤツは姿を消していた。煙のように。

 

20分後、再びヤツは現れた。

本箱の裏手からゆっくり姿を現した。

そのまま壁を登って行く。

 

カーテンレールにスタンバイしている。

さっきとは反対側だ。

今度はヤツから一瞬たりとも目を離さない。ロックオンだ。

コップを手にヤツとの距離を縮めていく。

ヤツが不意に走り、そして隠れた。

そこをすかさずひっくり返す。

しかし、ヤツの姿は消えていた。

見事だ。感服するしかない。

 

でかくて恐ろしく早くしかも黒い。そして見事に姿を消す。

こいつは忍者かもしれない。

スーパーラットというのを聞いたことはあるが、こいつはスーパーブラックに違いない。

明日以降に勝負を引き延ばしたくはないが、こいつは簡単には決着しそうにない。

 

10分後、三度ヤツは姿を現した。

カーテンレールの淵からカーテンの裏へ。

微妙にへりを動いているのが分かる。

 

俺はおもむろに立ち上がった。

カーテンをつかむとフックを一つずつ外していった。

そしてカーテンごと、ドアの外のベランダに放り投げた。

ヤツがその中にいたのか確証はない。

必死だったのだ。

しかし、ヤツが飛び降りたのも見ていない。

頼む、これで終わりにしてくれ。

 

そこから20時間、ヤツの姿は目にしていない。

ヤツは去ったのか。

そう思うと、安堵感が広がる。

しかし、またひょっこり視界に飛び込んできそうな気もする。

戦いは終わったのだと今はそう思いたい。