私の歴史~卒業編①
その女性との出会いは船の中だった。
僕の3回目の留年、そして大学7年生が決まった時、僕は親に謝るために帰郷した。
緊張しながら船に乗り一晩経って目的地に着いた。
実家に帰りつくなり、深々と頭を下げ、今回も卒業できないことを報告した。
そして、もう1年だけ面倒を見てほしいとお願いした。
お母ちゃんは本当にガッカリしていた。
しかし次の瞬間、自らを励ますかの如く ここまでやったんだから最後まで頑張りなさい と言ってくれた。
本当に申し訳なかった。
帰りの船で、なぜだか僕は肩の荷も下りた心境で心も軽くなっていた。
その時に、あのヒトを見つけた。
彼女はバックパッカーの旅人のようだった。
フェリーの中はのんびりと時間が過ぎていく。
景色もさほど変わることもなくゆっくりと流れていく。
広い空間の中で更に広い空間をゆったりと移動していくのは非常に贅沢な時間である。
そんな空間の中に、若い女性一人の客はそういない。
僕の目は自然と彼女を追っていた。
2度目に彼女を見つけた時、彼女はコンサートホールの中にいた。
このフェリーでは、夜に音楽や手品のコンサートが開かれるのだった。
薄暗いホールの中に、僕は彼女の姿を見つけた。
僕はワザと彼女の前を通り過ぎた。僕の存在を認識してほしくて。
そして席に座ると、音楽に聞き入り思わずピアノをエア演奏してしまうという仕草をしてみた。
もちろん、僕はピアノは弾けない。
おそらく、松田優作の映画で見たワンシーンか何かが蘇り彼女にアピールしたくてとっさに出てしまったのだろう。
しかし、彼女の方をうかがうと彼女は僕のことなど全く見ていなかった。
コンサートも終わり、会場を出て船のサロンをうろついていた。
(僕は2等ザコ寝の船室なので部屋に戻るのは寝るときだけにしていた)
そこで、テーブルに座り何か物書きしている彼女を見つけた。
日記をつけてるんだろうか手紙を書いてるんだろうか。
頭からテーブルに落ちるボリューム感のある髪の毛に顔をうずめて、何かを思い出しながら文字にしようとしているような彼女の表情が印象的だった。
僕は自販機に行き、一つはビールをもう一つは悩みながらサワーを買った。
そして、一度彼女のテーブルを通り過ぎた。
タイミングがつかめなかったのだ。
頭の中で予行演習して、2度目に近づいた時、彼女に声をかけてみた。
あのー、良かったら一緒に呑みませんか、と。
彼女は少し驚いた様子だったが、あーどうぞ、と言ってくれた。
そして僕は彼女の正面のイスに座った。
これはいわゆるナンパというやつに入るのだろうか、僕は今までナンパというのをしたことはないのだが。
第2部に続く
私の黒歴史~競馬場にて⑦
競馬からの引退を決意した僕は、スッパリと足を洗い競馬場に近づくことはしなくなった。
捕まるのが怖かったからだ。
借金の返済も今完済することは諦めた。
粛々と金利だけを払い続け、きちんと大学を卒業し、社会人として働き始めてから完済することに方針転換した。
今あがいたとしても時間と労力を浪費し結局は返済できないだろうと思ったからだ。
全てのエネルギーと時間を卒業する為の単位取得に捧げることにした。
講義は単位につながり且つ取得しやすいものから優先的に選んだ。
その結果、法学以外の でも単位認定に組み込まれる講義が多くなった。
ちゃんと受けてみると意外と面白かった。
講義の内容をノートにまとめ理解しようと勉強した。
これらはテストではなく出席とレポートで判定された。
きちんと出席してレポートを提出すると単位は取ることが出来た。
だいたいが、優・良・可のうちの可が多かったがたまに良もあった。
しかし、この際 贅沢は言ってられなかった。
可だろうが何だろうが不可でさえなければ単位認定だ。ヨシとした。
教育学部系の講義では女性の参加者が多かった。
たくさんの色とりどりの華やかな女性の中に紛れて講義を受けるのは、内心楽しくもあった。
元来、人見知りで内向的な性格なのでお話しする機会はほぼ無かったが。
これが本当のキャンパスライフだ・・などと感じ入ったりした。
時たま、あー 7年前からこうしてればもっと賢い生き方ができてたのになぁ、とは思ったりしたが。
ともかく、何かの目標を持ってそこに進もうとしている時間は充実していた。
昨年、バイト先の先輩でこれまた何年も留年してる先輩が突如奮起し怒涛のまくりを見せてものすごい勢いで単位を取得し卒業していった。
僕はその人から革ジャンを譲り受けた。
縁起が良いのか悪いのか分からない革ジャンだったが、僕は大事にしていた。
そんな時、僕に一通の手紙が届いた。
僕を救い上げてくれる運命のヒトからの手紙だった。
卒業編 第1部へ続く
私の黒歴史~競馬場にて⑥
その日、防犯カメラは怪しい男を捉えていた。
払戻し機の前を行きつ戻りつ、そして意を決したかのように機械の正面に向き合うと、男は馬券をおもむろに投入した。
数秒後、男はきびすを返して反転すると一目散に走り去りカメラの画面から姿を消した。
この日も全くダメだった。
カスリもしなければ惜しくも何ともない結果ばかり。
せめて、第4コーナーを抜けて最後の直線に入ったところまでは夢を見せてくれてもいいではないか。
早々の中盤でダメだこりゃというのばかり。
この16頭立てで1-2着を的中させるのは、もはや奇跡としか思えない。
そして、手元に残ったハズレ馬券をしげしげと見つめていて、ふと思ったのです。
第11レースの結果は最終レースの的中なのにな、と。
表面の11Rの印刷が12Rだったら当たっていたのに、と。
それで何となく、未練たらしく12Rの馬券の12Rを切り抜いて、11Rの上にペタッと貼ってみたのです。
そして、わーやったやった当たったどー、とか言って無邪気に喜んでいたのです。
そしたら次に、これを払戻し機に入れてみたら機械はいったいどういう反応をするのだろうと素朴な疑問が生まれました。
良く言えば、知的向上心または科学的探究心です。
当然、機械が間違えてお金をじゃらじゃらと払い戻す、なんてことは思ってません。
おそらく裏側に磁気情報も入ってるようだし、「プップー的中してません」とか言って戻ってくるんだろうなと思いました。
ただ、実際に投入したらどうなるんだろうというのを確かめてみたかっただけなんです。
それでも、やはり若干不正を働く緊張の面持ちになります。
少し逡巡した挙句に入れてみたのです。
プップーと戻ってきて、あーやっぱりそうだよな、と確認して納得したかっただけなのです。
しかし、そのペタンコした馬券を投入してみると、機械は僕が思っていたのとは違う反応をしました。
一瞬止まったのです。そして次の瞬間、見たことのない画面が出現しました。
確か、「近くの係員が来ますのでそのままお待ちください」的な文面だったと思います。
その瞬間、僕は我に返りました。
あーなんということをしてしまったのだ、俺は!!
これはシャレではすまん!!!
そして、脱兎のごとく逃げだしたのです。
絶対に捕まる訳にはいかない!
こんなバカなことで!!
お母ちゃんに申し訳ない!!!
そして、階段を3段ぬかしで駆け下りました。
地下鉄も待つのが怖くてひたすら走り続けました。
家に向かって。
もうどうやって帰ったのかも覚えてません。
10Kmくらいの道のりを僕は走って帰ったのでしょうか?
走ってる間は無心になれて幸せだったのかもしれません。
そして、家に帰るとふとんに潜り込みました。
心の中で泣きじゃくりながら。
何というアホなのでしょう。
僕は一応、法学部に在籍していました。
大学院に行ったわけでもないのに7年もです。
「法学部生、偽造馬券で逮捕!」こんな見出しが頭をよぎります。
俺はいい、自分がしたことだ。いくらアホすぎる行いとはいえ、自分が裁かれるのは仕方がない。
しかし、ここまで面倒を見てくれたお母ちゃんはどんな気持ちになるだろう。
何とバカなことをしてしまったのだ、俺は!
その日はイヤなことを忘れる為に泣きじゃくりながら酒を呑みまくりました。
そして翌日、バイトに行き居酒屋のマスターに昨日の一部始終を報告しました。
そうすると、マスターは誰かに電話をしました。
何でも昔の悪友だそうです。
僕がやってしまったことを、笑いをこらえながら話してます。
そして、こういう時どうなる?、と聞いてます。
電話を切ると、マスターは僕に言いました。
「アカン。お前はもう競馬場にもウインズにも行かない方がいい。機械に備え付けてあるカメラでお前の顔はスリットに抜かれているだろう。
だから次に競馬場に行ったら、後ろから肩をトントンと叩かれて お客さんちょっと来てもらえますか? となるだろう」と。
そういうわけで、僕は実にアッサリと、あれほど入れ込み続けた競馬からの引退を決意したのでした。
そしてこの後 僕に、このダメダメなすさんだ生活から足を洗わせてくれる転機が訪れたのでした。
第7部へ続く
私の黒歴史~競馬場にて⑤
Uちゃんには中途半端に迷惑をかけてしまい何となく自然消滅した。
そして何となく競馬場には行きづらくなった。
そこで、ウインズ(場外馬券場)に行き始めた。
実に短絡的でアホだったんだな、と今は思う。
ウインズは競馬場と違って街のど真ん中にあった。
場外馬券場の中には、色んな生き方をしているのだろうオジサン達がいた。
みな競馬新聞を片手に、ワンカップなどを呑んだりしている。
タバコもそこら中で吸い放題である。
一本表通りにはおしゃれな店が立ち並ぶが、ここだけ異次元空間のようだった。
周辺にはおいしい食べ物屋さんも多かった。
たいていの時、競馬の予想を組立て馬券を購入すると、なぜだか僕は一仕事終えた気分になってしまうのだった。
そして、金もないくせに寿司屋などに入ってしまうのだ。
なぜなら、「どうせ競馬で持っていかれるならば、きちんと美味しいものを食べて楽しんだ方が得だ」という間違った思考回路に陥るからである。
おいおい、君はそもそも金が無いんですよ!とつっこみを入れたくなるところだが、既に100万円近い借金があると1千円はとても安いような錯覚した心理状態になっていたのだと思う。
そして、ここで僕は事件を引き起こしてしまったのだった。
馬券偽造事件を・・・。
第6部へ続く
私の黒歴史~競馬場にて④
前回、Yちゃんにはもう中途半端に近づくのはやめようと決意した。
(Yちゃんは何とも思ってなかっただろうが、僕の自尊心を守る為です)
で、何となく競馬場に行く張り合いは減ってしまったのだが、それでも行っていた。
借金は相変わらずそのままあり、返済のためにはわずかながらでもチャンスを逃してはいけないと考えていたからだ。
何とおバカなんだろうと、今は思う。
1ヶ月に10万円ずつ稼いで10ヶ月で返済というプランも立てられたはずだ。
その過程で色んな経験も積むことが出来るだろうし、人付き合いも広がるかもしれない。
しかし、人間は慣れてしまう生き物で、何とかなっているとそれに流されてしまう傾向があるのではないだろうか。
私の場合、特にその傾向が強かったように思う。
ともかく、相変わらず競馬場に出勤していた。
それで、今度は窓口のUちゃんという子と顔見知りになった。
Uちゃんも学生のアルバイトだった。
彼女もとてもいい子だった。
金もなくダメダメだった僕に優しくしてくれた。
しかし、僕は彼女に色々とひどいことをしてしまったと、今思う。
今は分かるんだけど、当時の僕にはそこまで思考が行き渡らなかった。
彼女に会って色々とお詫びしたい。でも、それは出来ないだろうからこの場を借りて謝りたい。
ハンパな奴が中途半端にお付き合いを申し込んですみませんでした。
いきなり部屋に連れ込んでキスしようとしたりしてすみませんでした。
君が夜中に電話をくれて会いたいと言ってくれた時に、行かなくてすみませんでした。
どれもこれもひどい話だ。
もし20年前にタイムマシーンに乗って戻れるならば、自分に会いに行ってホッペタを張り倒して説教することだろう。
Uちゃんごめんなさい!
第5部へ続く
私の黒歴史~競馬場にて③
前回、ふとしたことでYちゃんにはもう近づかないようにしよう、と決意した。
(Yちゃんにしたらそもそも何てことはなかったと思うが、自分を律するためです)
何となく競馬場に行っても張り合いがなくなってしまった。
一服の清涼剤を失ってしまったような。
元々、はっきり言うと競馬自体にはあまり興味はない。
好きな人はパドック(見せ馬:小さな円形コースを一巡する)などで熱心に馬の状態を観察し、トモ(後ろ足のお尻周り)の肉がいい感じに仕上がってるなとか、ふむふむ少しいれ込み気味(興奮)だなとか見てるわけだが、僕はそうではなかった。
見てもあまり分からないし、パドックでこれはアンマリ・・と思った馬が好走したこともよくあるし、所詮パドック評価は競馬を愛する人間が自己満足的に楽しむ場でしかないなと、勝手に決めつけてしまったからだ。
という訳で、僕は過去のデータだけをざっと見て、来るかもしれない中波乱くらいに賭けるのだ。(当然ながらそんなに都合よくは来る訳もない)
で、馬券を買ってしまうとヤレヤレと一仕事終えた感じになり、食堂で串カツをおつまみにビールなどを飲みだすのである。
日曜の昼から学生の分際であり金もないくせに競馬をして酒を飲むわけです。
また、こういう少々自虐的になっている時の酒の味は独特の美味さがあるんですな。
で、当然ながら当たることもなく閉園と共に帰ると。
いま思い返しても何やってんだ?と思う。
平日毎日労働してるならともかく、やるべきこともやらず借金までこさえて。
まあ、こういう怠惰な日々を送っていた訳です。
④へ続く
私の黒歴史~競馬場にて②
前回で春の夜の夢が終わったあと、波は去っていった。
相変わらず競馬場には出向いていたが、さっぱりカスリもしなくなった。
そういえば、競馬場に通った理由の一つに女の子の存在があった。
Yちゃんという短大の女の子が窓口販売のアルバイトをしていたのだ。
実はこの娘とは知人を介して少しだけ顔なじみだった。
当時 僕にはカノジョはいなかった。というかあまり女性の知人もいなかったのだが。
Yちゃんは器量の良い子で、僕がたまに馬券を買いに行くと笑顔で声をかけてくれた。
(そうそう馬券の正式名称は勝ち馬投票券って言うんだったかな、どうでもいいけど)
付き合ってる彼氏はいるようだったし、僕も特にそれ以上仲が良くなるのを望んでいた訳ではなかったが、彼女の笑顔はすさんだ僕の生活に一風のふわりとした安らぎを与えてくれていたように思う。
が、ある時から彼氏さんがたまに競馬場に来るようになった。
そうすると、何となく彼女には近づきがたい感じになる。
まあ、彼女の所に買いに行ったとしても別に何てことはないのだろうが、何となくね。
もしかしたら、彼氏さんも競馬場でうろつく妙な男の存在を知って彼女のことが心配になったのかもしれない。
でも、いつだったかな競馬終わりでチャリンコで引き上げていたら、彼氏のバイクのタンデムに乗った彼女が僕の名前を呼びながら走り去っていった。
この時、なぜか何となく自分が惨めに思えて、以降浮かれた気持ちでYちゃんに近づくのはやめようと思ったのだった。
③へ続く