私の歴史~卒業編⑧

翌々日、帰郷する彼女を見送りに行った。

ターミナル駅でどでかいリョックを床に置いた彼女がいた。

黄色いTシャツが鮮やかだった。

 

そんなでかいリュック背負えるの?と聞いたら

背負えるよ、と言っておもむろにリョックに両肩を入れ床に座った。

そしてしばらく格闘した後、見事に立ち上がった。

たぶん座ってしまったらもう立てないだろう。

 

彼女を見送りながらバス停に行った。

バスに乗りこみ一番最後列のシートに座った彼女を見ていた。

やがて、バスは動き出し彼女が僕に手を振った。

僕も手を振りながら出てゆくバスの中の彼女を見ていた。

彼女は行ってしまった。

 

3月の雪解け間近の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

私の歴史~卒業編⑦

次の日、僕は帰らなければいけなかった。

バイトがあったから。

 

そして、もう一つ気に掛かっていることも実はあった。

一応当時、僕にはお付き合いしているカノジョがいたから。

 

カノジョにもまた寂しさから中途半端な僕がハンパにお付き合いを申し込んだのだ。

なんてことだろう。

そのことは、一切口に出さずにいた。

外に出た時に、こそこそと公衆電話に行ってカノジョに電話した。

数日、不在だったのでやはりカノジョはひどく心配していた。

「ちょっと飲みすぎて、体調崩してて」とか分からないことを言ってお茶を濁した。

 

電話BOXを出ると、彼女が見ていた。

「カノジョ?」

と聞かれた。

「うん」と下を向きながら答えた。

「そっか。カノジョいたんだ。」とつぶやく声が聞こえた。

 

こんなことは自分の人生史上ない状況なのだが、初出現したんだな。

二人に対して何だかとても申し訳ない気がした。

そりゃそうなんだけど。

 

数日を一緒に過ごしたアパートを出た。

出会った彼女も明後日の船で帰ると言った。

 

出会った彼女とのつかの間の時間が終わりを告げた。

僕は名残惜しくも彼女に別れを告げて家に帰った。

 

家に着くと、カノジョが待っててくれた。

でも、僕には言わなければいけないことがあった。

カノジョに、僕みたいなヤツとつきあってくれてありがとう、ということと

もうこれ以上おつきあいすることはできない、ということを言った。

彼女は驚いてそして泣いた。

僕は心が痛んだが黙っていることしかできなかった。

 

彼女は帰って行った。あす僕がいないときに荷物を取りに来ると言って。

僕はバイトに行った。

心はきつかった、具合が悪いと言って淡々とこなして終わるとすぐ帰った。

部屋に帰って、ウイスキーをストレートで流し込んだ。

何杯も流し込んだ。

 

翌日の夕方、帰ると部屋はきれいさっぱりとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の歴史~卒業編⑥

その日は、また取り留めもない話を彼女と続けた。

彼女は一風変わった女性だった。旅人でありロックを愛しバイク乗りでもあった。

僕も変わり者と言われることが多かったが、僕とは真逆の変わり者だった。

 

何か食べようということになり、2人で買い出しに出た。

近所のスーパーで彼女がお弁当を買い支払いをしてくれた。

僕はお金を持っていなかったからだ。

 

彼女もあまりお金はもってないようだったので、申し訳なかった。

そろそろ、電機屋のバイト料が入るはずだったが、ATMに行ってみたら入ってなかった。

 

家に帰り一緒にお弁当を食べた。

僕は自分の弁当をあっという間に平らげた。

僕は普段人の2倍食べる。

本当は弁当を2個買いたかったのだが、金もない居候の身なので遠慮したのだ。

居候、3杯目にはそっと出し とかいう川柳があったと思うが、あれは正しい。

僕の視線が気になったのか、彼女が自分の分を少し分けてくれた。

しかし、それもあっという間に食べてしまう。

すると、彼女が 何か犬みたいだね と言って笑い、また少しわけてくれた。

 

夕方頃に、彼女は僕に尋ねてきた。

「どうする、帰る?それとも、もう少しいる?」

「もう少し一緒にいてもいい?」、と僕は答えた。

「じゃぁ、近くに銭湯があったからそこに行ってみよっか」、と彼女は言った。

 

彼女は銭湯巡りが好きなようだった。

一緒にお風呂の準備をして外出した。

近所の銭湯は小さいが清潔で気持ちの良い風呂屋だった。

 

湯から上がると、ほどなくして彼女も出てきた。

湯上りで髪の濡れた彼女は、別の魅力を放っていた。

また一緒にお酒を買い、部屋に戻った。

そして、また取り留めもない話を語り合った。

そして、一緒に眠りについた。

 

第7部へ続く

 

 

 

私の歴史~卒業編⑤

翌朝、目が覚めると冷え切った部屋の中で彼女が隣に眠っていた。

とてつもなく寒い。

ふとんから出ることもできない。

彼女も一向に起きる気配がない。

 

一瞬、置き手紙をして帰ろうかと思った。

でも、それはあんまりだよな、と考え直した。

そのまま、しばらく結構長いことふとんの中でじっとしていた。

彼女がようやく目覚めた。

 

目覚めた彼女は驚いているようだった。

どうも彼女は途中から記憶があやふやであまり覚えていないようだった。

僕も慌てて釈明し昨夜の状況を説明した。

 

彼女は自分自身に突っ込みながら笑っていた。

彼女が覚えていないことを少し残念がっているようだったので、僕はもう一度再現してみたのだった。

 

そして、部屋を暖める為にストーブに火を入れた。

 

第6部へ続く

 

 

 

 

 

 

 

私の歴史~卒業編④

部屋の中は冷え切っていたが、彼女がストーブをつけてくれた。

コタツになったテーブルに彼女と向かい合わせで座った。

こんな至近距離で彼女と向かい合うのはフェリー以来だ。

僕は少し緊張した。

 

お酒を呑みながら彼女と取り留めもない話をした。

彼女は旅の様子や彼女の感じたことを色々と話してくれた。

それを聞いて相槌を打っているのが楽しかった。

僕も普段になく饒舌だった。

ふいに静寂が訪れる時、彼女は「そうそう。」と下を向き頷きながら間を取り繕うようにつぶやいた。

そして、また新しい話を始めた。

 

 

第5部へ続く

 

 

 

 

私の歴史~卒業編③

彼女が手紙をくれたので、僕は勢いづいて彼女と会う約束をとりつけた。

 

その会う予定の日、僕は朝からソワソワしていた。

夕方に会う予定だが、まだだいぶ時間がある。

 

しかし、困ったことが一つあった。

お金が無いことだった。しかも全く。

どのくらいかというと、行きの電車賃がかろうじてあるぐらい。

 

いくらなんでも、これでは会いに行けないだろうと思った。

連絡先は聞いていたので、急用ができて会えなくなったと言おうかと思った。

しかし、約束しておいてそんなことを言うのも嫌だった。

そこで腹を決めて、恥を忍んで会いにいくだけ行こうと決めた。

一目会って、話ができればよい。そのまま正直に事情を話して帰りは歩いて帰ってくればよい。

 

僕は家を出て電車にとび乗った。切符を買ったらほぼお金は無くなった。

地下鉄は繁華街を過ぎていった。

長いことここに住んでいるが、地下鉄でここまでくるのは初めてだった。

地下鉄というのにこの辺りでは地上を走っていた。

 

駅に着いて改札に行くと、彼女の姿が見えた。

春めいて寒さが少し緩んできた北の大地で再び彼女に巡り合うことが出来た。

久しぶりに見る彼女は記憶通りのままにそこにいた。

会いに来るだけ来て良かったと思った。

 

僕は彼女の前に立った。

「こんにちは。お久しぶりです。」、とか言ったのかな。

「それで、実はお金が無くて。」、と唐突に切り出した。

すると、彼女も困ったのか、

「そっか、じゃ私が少しだけ持ってるから買って部屋のみしますか」

と言ってくれた。

良かった、と思った。とりあえず、もう少し一緒にいられると。

 

お酒とおつまみを買って残雪の歩道を彼女について歩いて行った。

しばらく裏道を歩くと一棟のアパートに着き、その階段を登って行った。

 

何でも彼女の旅人の友達で、夏はここに住んで働きながら旅人をして、冬は仕事がなくなるので内地に行って出稼ぎしている人が、冬はどうせ空いてるから旅の住処にしていいよと鍵をもらっているんだとか。

どうも彼女は友達の輪が広いようだ。僕とは違って。

 

そのアパートの一室に彼女の後ろから、お邪魔します、と入って行った。

 

④へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の歴史~卒業編②

彼女の正面に座ったものの、何をどう話せばよいのか戸惑ってしまった。

あのー旅行ですか?などと尋ねてみる。

彼女はバックパッカーだった。

繁忙期と閑散期がはっきりしている会社で働いており、閑散期に入った時には、自ら休みを申し出て人員削減に貢献しながら、あちこち旅をしているらしい。

今回は冬の北海道を回るということだった。

 

船の中で僕は連絡先を教え、是非その旅が無事に終わったら旅の様子を教えてください、とお願いした。

翌日、接岸したフェリーターミナルからメイン都市までは一緒のバスだった。

 

バスを降りるとき、僕は彼女の方を振り返り少し離れた席の彼女に手を上げた。

そして少しカッコをつけてひるがえるとバスから降りた。

 

その時以来だった彼女は、律儀にも約束を果たしてくれて3週間ぶりに手紙を送ってくれたのだった。

 

第3部へ続く